第八篇 決戦
著者:shauna


 フェナルトシティのある場所の地下深く・・・
 蝋燭で辛うじて明かりが取られている螺旋階段を3人の男女が下っていた。
 
 「湿気臭くって嫌な場所ね・・・」
 リオンが呟く。
 「そう言うなって・・・これも仕事の内なんだからな・・・」
 宥めるクロノ。そして・・・

 「うるさいな・・ここは一応秘密の場所なんだからもっと静かにしてくれ・・・」
 
 そう言うのは燭台を持った黒いマントの人間だった。
 先頭を歩いていることからこの人間がこの3人の中でリーダー格であることは明白であり、事実、この人間の発言で後ろの2人は口を噤む。
その後、しばらくコツコツと階段を降りていくとやがてあるフロアにたどり着いた。
 
 「臭い・・・」

 リオンが思わず顔をしかめた。3人が嗅いだ匂い。それは死体の腐った匂いに他ならない。床に転がるいくつかの人間の骨。その人間達の死体の匂いが窓も扉もないこの地下空間でまるで亡霊のように行き場もなく彷徨っているようで・・・
 その光景はまさに忘れられた墓場か、放置された受刑者の牢獄といった言葉がしっくりくる空間だったのだが・・・

 黒いマントの人間が手に持った燭台で地下空間に明かりをつける。
 すると・・・

 「あら?」
 リオンが何かに気が付いた。
 部屋の一番向こうの壁際。そこに人影を見つけたのである。
 興味本位で近づいてみると・・・

 「!!!!!」

 とてつもない眼がこちらを睨んできた。漆黒の眼差しがギラギラとした光で・・まるで肉食獣のような眼で睨みつけたのだ。

 「い・・・生きてる!!」

 そこにはワイシャツにスラックスを着て、左腕を天井から伸びる鎖で固定され、壁に背を預ける形で座り込む一人の少年が居たのである。
 「おやおや・・また食事を摂っていないのか?」
 黒いマントの人間が少年に近づく。見ればその右手の先には小さな銀色のトレーに乗ってシチューとパンとチーズ・・そして水が用意されていた。
 「今日でもう7日目だというのに・・・頑張るね〜君も・・・」
 今度はクロノがその姿を見て驚いた。体は痩せていて、息も荒い。栄養失調なのは言うまでもなかった。それでも、この男は食事に一切手をつけないのだ。本当は空腹で仕方が無いはずのに・・・水が飲みたくて気が狂いそうなはずのに・・・
 「こいつは一体・・・」
 「あぁ・・・本物の君だよ。」
 クロノの質問に黒マントの人間が返した。
 「ってことは・・・こいつが・・・」
 「そう・・・」
 クロノはさらに明かりを近づけてその姿を見る。
 その頭はボサボサで一見すると不良にしか見えなくもない。
 
 黒マントの男がその少年の顎に手をかけて顔を持ち上げた。以外と平凡な顔だ。ブサイクなわけでもないがカッコイイわけでもない。
 それなのに優しそうで爽やかな好青年的な雰囲気が漂うのだから不思議・・・。最もそれは健康な時を想像すればこそで、今は爽やかさなど微塵も感じられないが・・・
 その少年に黒マントの人間が話しかけた。
 「惨めだな・・・世界最強の剣士の一角が聞いてあきれるよ・・・なぁ・・漆黒の剣聖・・・アリエス・ド・フィンハオラン卿。」
 その言葉に応えるように少年は視線をギラつかせた。

 「俺はどうなってもいい・・ただし、シルフィーに手を出したら・・・」

 「今の君に何が出来る?」

 黒マントの男が笑み強め、高笑いしながらクロノとリオンを率いて、その場を後にした。
 一人残された少年がガクッと項垂れる。
 それは空腹の為でも、脱水症状の為でも無かった。
 ただ単純に許せなかったのだ。
 普段なら打破できるこの程度の状況を指を咥えて見ているしかない自分が・・・。



  ※         ※         ※


 シルフィリアの言った通りだった。
 街に出てしばらく歩いていれば自然と目に付く建物の影からの視線。
 隠れ方からしても彼らがアマチュアではないのが分かる。
 最も、ファルカスに見つかっている辺り、完璧にプロというわけでもないのだが・・・
 「おそらく、Dランクの魔道士ですね・・。」
 シルフィリアがこっそり呟く。
 「この先に少し開けた広場があります。彼らが仕掛けてくるならそこでしょう。」
 しかし、この状況下でここまで冷静なあたり、彼女はやはり唯者では無い。魔道学会を相手にしているのだから、それなりの戦闘は予想されるというのに、彼女はまるで午後のティータイムでもしに行くように至って静か・・・
 焦った様子は微塵も感じられない。
 
 「隠れてる奴らより、こっちの方がよっぽどプロか・・・」
 「何か言いまして?」
 「いや・・・何でも・・・」
 2人は緩やかな足取りで一路街の広場を目指す。
 祭りが明後日で終わりということもあり、街の熱気も高まりつつあった。活気の良い声。仮装をした人々。良い匂いを漂わせる屋台の数々・・・それらを見ているとなんだか今の状況を忘れてしまいそうになる。
 
 「少し遊んで行きますか?」

 それを元に戻してくれたのがシルフィリアの声だった。
 「いや・・・今はサーラ達と決着付ける方が先だから・・・」
 
 その後は終始無言だった。2人でゆっくりと街道を歩き、広場へと向かう。
 そして・・・
 「うわ〜・・・」
 シルフィリアの予想は見事に的中していた。
 円形に広がる広場の丁度中心当たり・・・
 本を抱えた獅子の小さなオブジェの飾られたそこの空気だけが明らかに違う。
 他がみんな家族連れやカップルで賑わっているのに対してその一角だけ戦闘する気満々といった感じの奴らが多数集まっているのだ。
 格好こそTシャツにジーンズというラフな物であるが、あれじゃあ、偽装になってない。なんというか・・・バレバレ・・。
 それを確認したシルフィリアは分からない程小さな動きで緩やかに戦闘体勢へと移行する。 

 「まず、私が行きますのでファルカスさんはしばらく待って居てもらえますか?」
 
 シルフィリアはそう言って歩きだ・・・そうとする所をファルカスは肩を掴んで止めた。
 
 「俺が行く。」
 「?」
 キョトンとした感じのシルフィリア。
 「シルフィリアが行けば、多分奴らは本気で掛かる。何しろ”幻影の白孔雀”が相手だしな・・・サーラもきっと魔道学会に報告してるだろうし・・・だから、俺が行く。でも、できれば祭り楽しんでる人達に迷惑かけたくないから出来ればこの辺一帯を・・・」
 「無音空間に・・・ですね・・・」
 流石シルフィリア・・・話が早い。
 「風静振動陣(サイレンス・フィールド)でよろしいでしょうか?」
 「ああ・・・」
 シルフィリアとの打ち合わせも終わり、ファルカスは敵に向かってゆっくりと歩き出す。
 「聖なる翼・・・ここに集いて彼の者を守れ。天使の祝福(アーデルハイト)・・・」
 シルフィリアが小さな口の動きと聞こえない程小さな声で術を唱える。
 途端、ファルカスの体から重さが消えた。
 まるで全ての束縛から解放されたように体が軽い。
 後ろを振り返るとシルフィリアが軽くウィンクした。
 
 「(思いきりどうぞ・・・市街地への被害は私が全て防ぎます。)」
 彼女の唇の動きだけがそう伝える。
 
 すごい・・・こちらがして欲しいこと・・いや、考えもしなかったことを次々に発案し実行してくれる。
 やっぱ組むならプロにかぎる・・・。
 ファルカスが歩みゆくと自然と敵魔道士が陣形を造り、ファルカスを逃がさない様に円を描いて取り囲む。
 「黒の精神(こころ)を持ちしもの・・・」
 静かにファルカスが詠唱を始めた。
 
 「止まれ!!」
 
 魔道学会の一人がファルカスに対し牽制を行う。しかし、当の本人はそんなの関係ないというように足取りを止めようとしない。
 
 『破壊の力を持ちしもの・・・』
 「シルフィリア・アーティカルタ・フェルトマリア!!そして、ファルカス・ラック・アトール!!」
 『我らが世界の理(ことわり)に従い・・・』
 「魔道学会の名の元に!!」
 『我に破壊の力を与えん・・・』
 「貴様達を窃盗及び、フェナルトシティに対するテロ未遂の容疑で逮捕する!!」
 『その力 神々すらも滅ぼさん。闇に埋もれしその力を・・・』
 「大人しくこちらの指示に従うのなら命までは取らない!!素直に縛につけ!!」
 『我が借り受け 滅びをもたらさん・・・』
 敵の丁度中央でファルカスが足取りを止めた。
 「おい!!聞いているのか!!」
 魔道士の一人がファルカスの肩を掴んだ・・・。
 
 『黒魔波動撃(ダーク・ブラスター)!』
 
 力強く呪文が唱えられる。
 「な!!何!!?」
 慌てる魔道士達。
 それはそうだろう。何しろ相手は魔道学会。この技の怖さは十分に熟知しているはず・・・漆黒の王の力を借りた無差別破壊呪文・・・
 それが自らの目の前で放たれたのだ。しかも、こんな街中で、この技を使うとは予想だにしなかっただろう。
 強力な術故に、中途半端な技では防ぐことはできない。かといって詠唱されてしまった今、強力な防護魔法を詠唱している時間もない。
 
 すなわち・・・・

 「うぁああぁあぁああああ!!!!」
 
 黙ってやられるしかないのだ。
 ただ、心配なのは広範囲に渡って広がってしまうこの技をどうやって防ぐか・・・

 まあ、それはシルフィリアにまかせ・・・

 いや!!失敗だ!!シルフィリアには何の術を使うか伝えていない!!従って詠唱すらしていない!!ファルカスが慌てて後ろを振り返る。
 ヤバい!!こんな混雑した街中じゃ死人が出る!!

 『絶対守護領域(ミラージェ・ディスターヴァ)・・・』

 緩やかな呪文がシルフィリアの口から吐き出された。
 その言葉に連動するように攻撃範囲を包み込む展開されていく白く虹色に輝くオーロラのカーテン。
 それはあまりに美しく、見る者を蕩けさせるように幻想的だが・・・
 そのオーロラに当たると同時にファルカスの放った黒魔波動撃(ダーク・ブラスター)の余波は見事に消えていった。まるで蒸発するかの様に・・・

 「すげ・・・」

 ファルカスが思わず口にした。

 「シルフィリア・・・」
 どんだけあんたはバグキャラなんだよ・・・
 「すみませ〜ん!!映画の撮影です!!気にしないでください!!」
 シルフィリアがすぐに笑顔でその場を取り繕う。
 今自分がしたことなどまったく奢る様子もなく・・・
 「レベルが違うってことか・・・」


 パチパチパチ・・・・

 いきなりの拍手に緩んでいた気をファルカスが一気に引き締めた。
 「見事だね・・・ファル・・・魔道学会の人を一瞬で倒しちゃうなんて・・・」
 先の魔法戦闘で発生した土煙の中に佇む2つの人影・・・
 「サーラ・・・ロビン・・・。」
 ファルカスが呼んだ名前にシルフィリアも場繋ぎを止めて、2人の方を向いた。
 「あれあれ? もう、第二部の撮影開始(クランク・イン)ですか?」
 「・・・シルフィリアさん・・・もう一度言うよ。大人しく捕まって・・・魔道学会は昔のガルス帝国軍事法廷じゃないから、ちゃんとした法律の元で裁きを受けられるよ。」
 
 「違う!!誤解なんだサーラ!!」

 言い返したのはファルカスだった。
 「シルフィリアは何も盗もうとしていない!!水の証を守りたいだけで!!いや・・・だけじゃないみたいだけど・・・とにかく、彼女は何も悪いことしてない!!全部は誤解なんだよ!!」
 「なら、尚更法廷に出るべきだよ。法律の前では真実は隠せない。法は誰の元にも平等だよ。裁判を受ければ無実を証明することだってできる。もし、本当に無実なら同行してくれればいい。その方が・・・・」

 「裁判には・・・」

 サーラの言葉を斬り、シルフィリアが言い返す。
 「裁判には何日かかりますか?」
 「少なくとも二週間・・・長引いても一ヶ月で終わると思います。」
 ロビンが言い返す。
 「話になりませんね・・・。」
 シルフィリアが剣を持つ仕草を見せた・・・
 
 否・・・すでに持っている。不可視の剣・・・レーヴァテインを・・・

 「サーラさん。確かにあなたの言うことは正論です。しかし・・・」
 周りの子供がいきなり泣きだした。それどころか、大人までもが少し距離と取る。原因はシルフィリアが開放した殺気だ。
 「一分一秒が惜しいこの状況・・・これ以上邪魔をするなれば、すみませんが・・・しばらく病院に居て貰います。」
 「交渉・・決裂だね・・・。」
 サーラが杖を構える。
 「本気で行くよ・・・」
 ファルカスもその声を合図にするようにエアブレードを抜いた。
 「ロビン君。予定通りに行くよ・・・市民が大勢居るこの場じゃ、おそらく『星光の終焉(ティリス・トゥ・ステラルークス)』は使ってこないはずだから・・・。でも、あの白い矢の攻撃には注意して・・・矢の攻撃が来たらすぐ私の後ろに・・・後はこの前と一緒・・・隙を狙いつつ、シルフィリアの体を最優先で濡らすことを考えて行動。濡らしさえすればチェックメイトだから・・・」
「了解です。」

ファルカスとシルフィリアがそれぞれ片手で軽く剣を構える。

 「シルフィリア・・・知ってると思うけど、サーラのローブは・・・」
 「知ってます。無敵クラスの破邪力を持つ魔法のローブ『魔風神官(ブリースト)のローブ』でしたか? 実物を見るのは初めてですけど・・・」
 「それに加えて、この前言った通り、サーラには人の心を読む力がある。」
 「『通心波(テレパシー)』ですね。」
 「あぁ・・・この2つが組み合わさるとかなり手強い。大丈夫なのか?」
 「ローブの方は何とかなります。問題は通心波(テレパシー)ですが・・・まあ、これはファルカスさん次第でどうとでもなりますね。」
 「俺次第?どういうことだ?」
 疑問を浮かべるファルカスにシルフィリアがそっと耳打ちした。
 途端、ファルカスの顔が真っ赤に染まる。
 
 「そ!!そんなことできるか!!?」
 「でも、現状だと私がやるよりファルカスさんの方が効果があると思われます。それに・・・勝ちたいのでしょう?」
 「そりゃ・・・そうだけど・・・・」
 「では、その手筈で・・・ロビンさんは私が押さえます。」
 「ああ・・・」
 顔を真っ赤にしながらもファルカスは渋々頷いた。


 「作戦会議は終わった?」
 話しの途中でサーラが水を差す。
 「ええ・・・ただ今・・・」
 シルフィリアはそれに特に感情も見せずに悠然と語った。
 その言葉を合図にするようにして全員が戦闘態勢に移行する。
 「行くよファル。」「来いサーラ。」「参ります。」「手加減なしです。」
 4人の発声はほぼ同時だった。

 『破魔光陣(はまこうじん)!!』

 サーラが大声で叫び、杖を一回転させる。
 破魔光陣・・・自身を中心に円を描き、その円内の仲間の呪文耐性を上げ、敵には微量ながらダメージを与える技だ。

 完璧な不意打ち。

 が、ファルカスはこれを一度受けたことがある
 よって避けるなど造作もない・・・
 「!!」
 いや!!確かに一度受けたことがあるファルカスにとっては造作もないことだった。
 しかし、シルフィリアは違う。
 一切の体制が無いシルフィリアはモロにこれを受ける。
 「しまっ!!」
 体を交わしたファルカスが唸った。
 そして、この一瞬をサーラは見逃さない。
 「ロビン君!!」「はい!!」
 ロビンに声を掛けてサーラが杖を構える。
 あっけない。こんなに簡単に勝負がついてしまうなんて・・
 まあ、簡単なのに越したことはないが・・・
 
 『激流水柱砲(アクアラー・ブラスト)!!』×2

 シルフィリアに向かって二本の水の大砲が飛ぶ。
 それはまるであの夜と同じように・・・
 
 「シルフィリア!!!!」

 ファルカスが叫んだ。それに対し、シルフィリアは・・・
 
 ―フフッ・・・―

 笑っていた。

 『限定解除(ファーストリミット・リリース・・・)・・・絶対守護領域(ミラージェ・ディスターヴァ)・・・』

 静かな声が響いた後、2本の水流はシルフィリアを直撃した。
 「よし!! これで後はファルだけだね・・・」
 余裕の笑みを浮かべるサーラ・・・しかし・・・
 「サーラさん!!あれ!!!」
 ロビンの声にサーラが慌ててシルフィリアの方を向く・・・
 そこには・・・
 「あれは・・・さっきの・・・」
 オーロラのカーテン。
 白く光り輝くそのカーテンが先程のように魔法を溶かすが如く綺麗に打ち消していく。
 唖然とする2人。それに対してシルフィリアが微笑みかけた。
 「サーラさん。ひとつ助言をしてあげます。」
 「!!?」
 「自分だけが特殊な能力を持っているとは思わないことです・・・。」
 その言葉を聞いてロビンの思考は右往左往するが、サーラは居たって冷静にその言葉の意味を理解する。
 「なるほど・・・」
 全てを噛み砕き全てを理解した。
 「わたしの通心波(テレパシー)みたいなモノがあなたにもあるってことね・・・」
 「聡明ですね・・・『精神裂槍(ホーリー・ランス)・・・』」
 2人の一瞬の隙をついてシルフィリアが放った一撃。
 間一髪それから身をかわして、サーラは再び杖を構えた。
 
 「ということは、あのオーロラのカーテンみたいなのがその特殊能力って考えていいのかな?」
 「20点です・・・。『精神裂槍(ホーリー・ランス)!』」
 
 油断を許さないシルフィリアの攻撃。いつの間にかロビンは防戦一方となっていた。だが、サーラは違う。
 回避しつつも相手の心を読み取ろうと意識を集中させた。
 
 「20点か・・・何が足りないのかな・・・」
 「さて・・・一体なんでしょうね?」
 
 ―足りないのは個数。あれ一つが私の能力では無いのです。―

 口とは違った情報がサーラの脳内に文字として再生されていく。
 「じゃあ、あなたの能力ってなんなのかな? ・・・『破魔光陣(はまこうじん)!!』」
 シルフィリアの動きを少しでも鈍らせようとサーラは再び破魔光陣を敷く。
 しかし・・・・
 『十字架ノ守護(クロス・フィールド)』

 シルフィリアはそれに合わせるように的確な防御魔法を作り出す。
 足元に出現する白い十字架型の境界。
 2つの陣は互いを粉砕し、相殺した。
 シルフィリアがサーラの質問に答える。
 
 「・・・古代魔法でしょうか?」
 ―まあ、もちろんそれだけではありませんが・・・―
 「古代魔法?」
 「古代魔法です。」
 ―古代魔法とはその難易度の高さ故に使いこなすモノが居なくなった魔術の一つ。しかし、これは実は練習次第では誰でもできるんです・・・―
 
 一瞬の隙をついて、ロビンがシルフィリアに攻撃を仕掛ける。
 大きく振りかぶった剣は
 「切り捨て・・・御免!!」
 シルフィリアの腕目掛けて一直線に振り下ろされ・・・・
 ―ガキンッ!!―
 巨大な音を立てて止まった。
 「ファルカスさん・・・」
 エアブレードで完全にロビンの剣を止めるファルカス。
 「悪いが・・・俺が居ることを忘れてもらったら困る。」
 「クッ・・・」
 ロビンが苦しそうな顔をしていったん距離を取った。
 「ならば!!」
 ロビンが声を上げる。
 『平和の鳥の血(ピジョン・ブラッド)!!』
 術の発動と同時に放たれる9匹の火の鳥。大きさは鳩程だが、もうスピードで飛んで行くとなればこれは脅威になる。
 一斉に攻撃されたファルカスも一瞬怯み・・・
 
 『絶対守護領域(ミラージェ・ディスターヴァ)・・・』
 
 シルフィリアのオーロラ壁に粉砕される。
 「チッ!!」
 ロビンが小さく舌打ちした。
 「なら!!」
 サーラがゆっくり瞳を閉じた。
 
 『魔眼束縛(ゴルゴン・アイ)!!』

 スッと開かれたサーラの瞳。その宿した光が青から緑に変化していた。美しいエメラルドブルーの瞳。しかし・・・
 「な!!!」
 ファルカスの体から自由が奪われた。
 魔眼束縛(ゴルゴン・アイ)・・・それは目と目を合わせることで相手の一切の動きを束縛する業。確かに発動条件は厳しいかもしれないが、相手の心を読めるサーラにとっては2人が揃って自分の瞳を見る瞬間を見るけることなど造作もないことである。
 「よし!!これでシルフィリアも束ば・・・」
 否・・・
 サーラはわざと転ぶように地面に伏せた。
 そしてすぐに後ろを振り返る。

 危なかった。今避けていなければ後ろからのシルフィリアの剣の一撃でゲームオーバーになるところだった。
 
 いや、それよりも・・・
 「なんで効いてないの!!?」

 ―あなたが最強の意思受信能力を持つように・・・私には最強の目があるんですよ・・・―

 シルフィリアの心が答えを教える。

 「最強の眼!!?」
 サーラの叫びに初めてシルフィリアがしまったと言うように顔をゆがめた。
 「なるほど・・・軽く考えただけでもダメですか・・・」
 ―私の左目・・・それは途方もない痛みと引き換えに、全てを見ることが出来、見せることが出来る最強の神眼・・・その名も・・・―

 『聖蒼ノ鏡(ヤタノカガミ)・・・』

 サーラがその言葉を発した瞬間、シルフィリアの顔が凍りついた。
 「なるほど・・・魔眼束縛(ゴルゴン・アイ)が効かなかったのはそのせい・・・その目で私の瞳を見えない様にしてたってわけ・・・」
 シルフィリアの口から溜息が洩れる。
 「通心波(テレパシー)・・・話には聞いていましたが、まさかこれほどとは・・・放置すれば脅威になるやもしれません・・・」
 ファルカスに『体内和浄(ピュアラル)』を掛けた後、シルフィリアの手が緩やかに弧を描く・・・・

 その真っ直ぐ前方に構えられた両手はまるで何か透明な棒でも持っている様で・・・
 
 「すみませんが・・・早々に退場していただきましょうか?」

 ゆっくりとシルフィリアが手を離していく。
 
 途端に、その手の間が光り始めた。
 
 まるで刀を抜刀するかのような仕草。

 否

 「気をつけて下さいサーラさん!!レーヴァテインです!!!」

 「え!?」
 
 ファルカスと鍔迫り合いを演じるロビンの言葉のすぐ後にサーラが感じたモノ。それは熱だった。

 熱い・・・

 そして・・・

 シルフィリアが完全に剣を抜いた。
 
 まるでフランベルジュのよう長い刀身を持つ剣。しかし、シルフィリアはそれを片手で軽々持つ。怪力なのかはたまた剣に秘密があるのか・・・でもそんなことより、まず熱い・・・
 ジリジリと空気を揺らすような莫大な熱がサーラを襲い、自然と額から汗がこぼれ落ちる。
 
 「ハァ・・・ハァ・・・」

 できればブリーストのローブを脱ぎたいが、これがなくなればおそらく間違いなくシルフィリアに負ける。
 そして・・・

 シルフィリアが飛んだ。

 一気にサーラとの距離を詰めて手に持った剣でサーラに斬りかかる。
 そして、サーラの回避が遅れ、剣がサーラのローブに触れた瞬間・・・
 
 ―パンッ―

 七色の閃光がはじけ飛んだ。
 サーラは全くの無傷。一方のシルフィリアは剣を弾かれ唖然としている。
 
 「なるほど・・・流石、最強の退魔のローブ。伝説の魔剣をもはじきますか・・・しかし・・・」
 
 シルフィリアは再びサーラに向かって・・・今度は剣を両手で持って斬りかかった。
 途端にサーラは杖を構える。
 ―ジュッ・・・―
 何かが熔ける音と共にサーラのローブから再び七色の光が飛び散った。しかし・・・
 「くっ!!」
 高価で頑丈なはずのヒールストーン・・・それが真っ二つに切れていた。
 ―レーヴァテインは数千度にまで熱せられた刃で鉄をも溶かし切り裂く炎の魔剣。この圧倒的な威力の前にその伝説のローブは・・・―

 「いつまで耐えられますか・・・・」

 シルフィリアの一方的な連撃が始まった。
 たびたび飛び散る7色の光。
 伝説のローブの防御と神代の魔剣の攻撃・・・
 良く言えば好カードである。
 しかし、それは鉄パイプで薄い鉄板を叩いているようなモノだ。
 叩き続ければお互いに損傷し、やがて力の均衡した二つは互いに壊れる。
 事実シルフィリアのレーヴァテインは光花を出す度にキシキシとまるで悲鳴のような音を立てて唸っているし、サーラのブリーストのローブも糸がどんどん解れていく。
 火花と同時に微量ながら飛び散る金属と繊維・・・
 そして・・・
 
 「これで終わりにしましょうか・・・」
 
 糸がボロボロに解れたブリーストのローブを着たサーラに向かってシルフィリアがヒビの入ったレーヴァテインを突き立てる。
 
 「クッ!!!」

 サーラの顔にも苦さが浮かんだ。
 このままレーヴァテインが振り下ろされればおそらくローブと剣の両方が砕け散る。

 問題はその後だ。

 杖すら持たない無防備な自分に対し、シルフィリアはまだメルディンがある。
 呼び出し(アクシオ)の呪文はあらかじめ紋章を施した武器が半径20km以内にあれば呼び出せる高等魔法。
 3日前に使っていた武器をわざわざ範囲外に持ち出すことなんてあり得ない。
 間違いなくメルディンは呼び出し可能なはずだ。
 確かに予備の練習用杖ぐらいは懐に忍ばせているけれど、ビギナークラスの杖でマスタークラスの杖に勝てるはずもない。

 つまり、現状で負けは確定。

 いや、まだロビンに杖を借りれば勝機が!!

 サーラが画策を巡らせ、シルフィリアが剣を突き立てようとしたその瞬間・・・
 
 「オオオォオオォオォォオオォオオン・・・・・・」

 恐ろしい程に澄んだ何かの声が響き渡った。
 
 「オボロ・・・」
 シルフィリアが呟く・・・
 
 『来い、ヴァレリー・シルヴァン!!(アクシオ ヴァレリー・シルヴァン)』
 シルフィリアが声高に言うとその手が輝きを帯び、一本の杖を呼び出す。
 槍状の十字架に龍と天使の羽根の装飾の成された純白の長い杖。
 
 「あれが・・・ヴァレリーシルヴァン・・・」
 
 サーラが思わず呟く。
 「光り輝ける翼(アラ・リュミエール)!!」
 シルフィリアが呪文を作動させ、背中に羽を出現させる。
 大小合わせて左右に7枚ずつの計十四枚・・・。
 「うそ・・・」
 サーラが目を丸くした。
 光り輝ける翼(アラ・リュミエール)・・・・
 端的に言えば空を飛ぶために最も効率のいい超ハイレベル魔術だ。
 太陽風を反映することで魔法力を使うことなく半永久的に浮き続けることができ、さらに自身の体の表面積を増やすことで空気中から皮膚呼吸のように取り入れられる魔法粒子を集めやすくする効果を持つ超高等魔法。
 しかし、問題なのはそれが使えることでは無い。実際自分だってそれを使いこなすことはできる。
 問題なのはその羽根の面積(枚数)と形と色。
 この魔術は数多の魔術の中で最も自身の力が反映されやすい魔術といわれている。それは、羽根の面積が術者の魔法力の高さ、色が術者の魔力の高さを示す為。
 通常この魔術は使えるだけで魔道学会が定める大きく分けてSSからEまでの7つの魔術師ランクの内B以上となり、平均的にBランクで片翼(ワルキューレ)、Aランクで両翼(エンジェル)、Sランクで4枚翼(ドミニオン)、最高のSSランクでも6枚翼(セラフィム)というのが定説だ・・・
 なのに、相手は14枚の羽を召喚して見せた。
 それだけでも魔法力が圧倒的な事を証明しているのに、さらにあの羽根の美しさ。
 装飾が施された髪の毛と同じ見事なスノーホワイトの羽根。
 圧倒的だ。
 少なくとも今の自分じゃ勝てる気がしない。
 呆然とするサーラをよそにシルフィリアは大きく羽を羽ばたかせ、宙を舞った。
 しかし・・・
 このまま引き下がるわけにもいかない。
 できれば使いたく無かったが、あれをやるしかないか・・・

 『閉霧包電(ミスト・ゲージ)!!』

 ありったけの魔力を込めて、サーラが術を唱えた。
 
 「な!!何!!?」
 
 空中を飛ぶシルフィリアを取り囲む白いモノ・・・
 
 「雲・・いえ・・これは・・霧!!」
 『風包結界術(ウィンディ・シールド)!!』
 すかさず、ロビンが術を唱える。シルフィリアを包み込む風の結界。
 
 術の成功を見て、ロビンが自身満々に呟く。

 『普段は自身を守るシールドですが、術式を逆転させて相手を覆えば、究極の結界になるんですよ。』

 強固な風の結界の中を霧で満たす。霧とはすなわち水。そして、さらに霧の中には電撃も加わる。
 
 つまり・・・
 
 『絶対守護領域(ミラージェ・ディスターヴァ)!!』
 
 シルフィリアにとっては最も脱出困難な最低の牢獄。
 「よし!!これでシルフィリアを封じた!!」
 ロビンが思わずガッツポーズを取る。
 
 が・・・

 『閉霧包電(ミスト・ゲージ)・・・風包結界術(ウェンディ・シールド)・・・』

 霧の中から声が響く。

 「えぇ!!?」
 「舐めないでください。あなた方に出来ることは・・・私にだってできるんですよ・・・それにそんな大声で叫ぶなんて・・・自分の居場所を教えているようなものです・・・おバカですか?」
 途端、風の結界に包まれ、霧の中へと引きずり込まれるロビン。
 つまり、それはシルフィリアと同じ魔術を掛けられる・・否、圧倒的にシルフィリアの方が力量が上な以上、その威力は数倍。
 しかも、シルフィリアが魔術で自身を守護しているのに対し、ロビンは丸腰なわけで・・・・

 「ウアアアァァアアッァアアァアアア!!!!!!!!!!!」

 結界の中から響き渡るロビンの悲鳴。
 まあ、原因は自分にあるわけだし、サーラはちっとも同情する気にはなれなかった。


 「まったく・・あいつはどんだけバカなんだよ・・・」
 エアブレードを降ろしていた、ファルカスが呆れたように呟く。
 「そうだね・・ってゆーか、実戦経験あるのかな・・・」
 2人は同時に溜息をつき、
 「さて・・」
 「そうだね・・・」
 互いに距離をとった。 

 「ファル・・・」
 「サーラ・・・」
 
 ・・・・・・
 
 「今一度問うよ。ここで引いて二度と私に関わらないか・・・それとも・・・ここで私と決着をつけるか・・・」
 
 その言葉にファルカスは静かにエアブレードを構えた。
 サーラが溜息をつく。
 
 「あの時と同じだね。」
 「そうだな・・・」
 「どっちが勝っても恨みっこなしね。」
 「ああ・・・」

 2人が一定の距離を取る。
 ブリーストのローブはすでに作戦通りシルフィリアが無効にしてくれた。あんなにボロボロじゃもはや魔法無効化機能は果たしていないだろう。
 そして、なにより、ファルカスには作戦があった。
 シルフィリア秘伝の絶対サーラに勝てる方法。
 実行するには忍びないが、こちらにだって譲れないモノがある。

 ファルカスが剣を上段に持ち替え、サーラも再び杖を構え直す。
 
 『炎衝放射(ライジング・サン)!!』
 
 先に仕掛けたのはファルカスの方だった。
 なるほど、良い手だ・・・とサーラは思う。魔法使いである自分を封じる為にはまずその声を潰すのが一番だ。その意味で今の攻撃は間違ってない。しかし・・・
 サーラはこれを避け、さらに続けて放ったエアブレードの二閃も綺麗に交わす。
 「なるほど・・通心波(テレパシー)か・・・」
 サーラがコクッと頷いた。
 通心波(テレパシー)・・・それはサーラにだけできる相手の心を読む能力。戦闘になるとこれがものすごく厄介になる。
 何しろ、相手の技とか戦法とかが丸分かりなのだ。
 これ以上不利なことはない。
 が・・・しかし・・・
 
 「それに対して、俺とシルフィリアが何の対策もしてなかったと思うか?」

 そう言うとファルカスは再びエアブレードを上段に構えた。

 すかさずサーラが通心波(テレパシー)を使う。
 
 (!!!!!!)

 途端にサーラの顔色が変わった。
 なんというか・・・真っ赤に・・・

 「せ!!戦闘中に何考えてるのファル!!」
 
「別に〜・・俺は男として当然のことを考えてるだけだけど〜?」
 
 みるみる赤くなっていくサーラの顔・・・

 「い〜や〜!!!!!!!私で何を想像してるの!!!?」
 「アハハッ・・どんな想像だか言ってみろよ・・。」
 
 一見イチャイチャしてるようにしか見えないかもしれないが、実はこれこそがファルカスとシルフィリアの秘策だったりする。
 サーラの通心波(テレパシー)は敵に回すとこの上なく厄介だ。なにしろ、どんなに心を無心にしていても頭のどこかで少し考えただけでもそれを読み取ってしまう。

 しかし、それこそがある意味命取り。

 ここからはシルフィリアが立ててくれた戦術プランなのだが、それが分かっていればそれほど脅威ではない。何しろ、サーラだって魔術師である前に一人の年頃の女の子・・・つまり、ファルカスが脳内でサーラの服を1枚1枚脱ぎ去ってゆく様子を想像すればそのイメージは半年間サーラと苦楽を共にしたファルカスの脳内と同じクオリティとリアリティでそのままサーラへ流れていくわけで・・・
 
 「やめて!!!!!!!!!!!!!!!!」

 必死に懇願するサーラ。まあ、現段階でファルカスの妄想しているサーラはスカートを脱いで下着の上にブラウスを着ているだけであり、今まさにそのブラウスを脱ごうとしているのだから、そんな妄想の対象にされているサーラとしては堪ったものじゃない。
 
 「ほ〜らほ〜ら・・・ブラウス脱がしちゃうぞ〜・・・」
 「イィーーーーヤァーーーー!!!ホントに止めて!!お願いだから!!」
 そんなに嫌なら通心波(テレパシー)を止めればいいんじゃないか!!なんて愚問だ。いきなりこんな妄想をされてそれを相手が止めるのを確認しないで止められる程精神図太い女の子なんてそうそう居るもんじゃない。「いや、サーラならもしかして」と思ったりもしたけど、よかった通じて・・・

 おまけにこの技の凄い所はサーラは自分のあわれもないを妄想されて悶絶。
 ファルカスはただ好きな女の子のことを妄想していれば良いだけという点だ。
 
 年頃の男が大好きで大好きでたまらない女の子のことを妄想するなんてそんなの朝飯前どころか寝ていても出来る。つまり圧倒的なファルカス有利。
 妄想の中のサーラはすでにブラウスを脱いでついに下着に手を・・・

 「ファル!!止めないと怒るよ!!」

 顔を真っ赤にして目に涙を溜めて、“もう怒ってるじゃん”な感じだが、闘いにおいて冷静さを失ったら負けなことはもはや常識。

 事実・・・
 
 「クッ!!  精神裂槍(ホーリー・ランス)!!」

 片手で胸を抑えつつ、放った一撃も一切狙いが定まっていなかったりする。

 妄想内のサーラはついに下着を脱ぎ棄て・・・

 「イ〜ヤァ〜!!!!!!」
 「不均衡音波(クラッシュ・ノイズ)・・・」

 酷く冷静なファルカスの声が響いた。
 体の自由を奪われ、地面に伏せるサーラを見てファルカスも妄想を止める。
 「悪いなサーラ。俺の勝ちだ。」
 強く魔術をかけた為、言葉も話せなくなっているサーラは涙をためた眼だけで訴えていた。
 
 (こいつ・・・サイテーだ!!)と・・・

 サーラの戦意喪失に伴い、シルフィリアを包んでいた閉霧包電(ミスト・ゲージ)も自然と消滅する。
 そして、消滅と同時にシルフィリアはもう一度羽を大きく羽ばたき、風包結界術(ウェンディ・シールド)を消滅させ、猛スピードで東の方へと飛んで行った。


 まさかとは思う・・・でも間に合って欲しい。
 こんな時には本当にこの羽根が嫌になる。
 
 昔エルフの軍に居た時に、司令官が自分のことを戦艦のようだと例えたことがあった。
 つまり、火力と防御力にかけては無敵だが、移動速度は果てしなく遅いのだ。
 この光輝ける翼(アラ・リュミエール)は使う魔道士によっては最高で300km/hで飛ぶこともできる。しかし、自分ではせいぜい100km/hが限界。
 つまり重厚な鎧に身を包んだ武装兵のようなものなのだ。
 どうせなら500km/hぐらい出るようにしてくれればいいモノを・・・

 小さく舌打ちをしてマックスのスピードまで加速する。

 とにかく!!
 間に合え!!
 間に合え!!
 
 そして、やっと目的の場所が見えてくる。
 それは先程までファルカスと話をしていた神殿だった。
 
 しかし・・・先程までとは状況が明らかに違った。
 
 シルフィリアが唇を噛む。
 ツーと口の端に血が一筋流れた。
 
 シルフィリアの眼下に広がるのは自然に崩れた上に、さらに明らかに人工的に手を加えて壊されたボロボロの神殿と未だそこをうろつくエビル・デーモン達だった。
 神殿を守っているはずのオボロも一緒にいた筈のハクもその姿はどこにも見えない。
 それどころか何かを引きずったような血の跡が神殿の外まで続いている。血の跡が途切れているのはおそらくあそこから浮遊術(フローティング)を使って運んだからであろう。
 
 そして、当然
 
 「水の証が・・・」
 
 無くなっていた。
 
 安置されていた台座から綺麗に取り外され、残された台座だけが輝きを失ったようにポツンと立っている。
 それだけでも爆発寸前だというのに、さらにその台座に小さなラブレター風の紙が張ってあり、聖蒼ノ鏡(ヤタノカガミ)を使って拡大してみると・・・
 「Fuck you Shilphilia!! We have “Proof of Water “and”Aries”. It was easy to work because an enemy was stupid
HA!! HA!! HA!!(ざまぁみろシルフィリア!!水の証とアリエスはいただいた。馬鹿が相手のおかげで仕事が楽だったよ。(笑))」
 
 
 ビキッ!!
 
 
 何かが切れた音が響き渡る。
 『来たれ・・・白き暴風・・・空を埋め尽くす矢羽となれ・・・』
 シルフィリアが呪文を唱え、生じる幾つもの純白の装飾矢。100本近くが空中に停滞したまま発射の時を待つ。
 
『白き死の大地(ビェラーヤ・オブ・アルビオン)・・・』

 矢が一斉に発射され、地上に居たエビル・デーモン達を貫く。
 血を飛び散らせ、この世のものとは思えない悲鳴を上げながら絶命するデーモン達。しかし、シルフィリアは攻撃を止めない。

 結局、すべての矢が打ち出された時にはデーモン達はその形すら残してはいなかった。

 それでも尚、収まらないシルフィリアはとにかく魔術を連射した。そして、思いきり叫ぶ。
 こんなに怒りを覚えたのは久々のことだった。アリエスによって忘れさせてもらったあの感覚・・・
 それが沸々と浮かんでは消え・・・浮かんでは消え・・・
 結局、シルフィリアが自制心を取り戻したのはそれから数時間が経ってのことだった。



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